2009年05月10日

「タイム・スコップ!」

菅沼誠也 一迅社/一迅社文庫

 時空間を掘りぬく超能力に目覚めた空堀すずめは、足を滑らしたり転んだりするたびに思わぬ時空に転移していしまう。タイムパラドクスから除外された特異点である友人・石垣島わたるをブレインに、今日もうっかり変えてしまった歴史を直したり、さらにいじったり。

 身辺で『ペンギン・サマー』と評価を二分していたので読んでみる。かっちり決まった構成伏線が好きか、派手な演出と馬鹿ネタが好きかとかそういうアレなのかね。強いて言えば自分もこちらのほうが好きかもしれない。やっぱクライマックスは整合性よりもハデでないとねー。セカイ系だかポストセカイ系だかな関係性はともかく。
 ただシチュエーションものを積み重ねてズラすにはやはり一巻では物足りない。前半の「定番シチュエーション」部分の印象が限りなく希薄というか、それすなわち主人公マジ空気というか、ノコギリヒロインというか。
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2009年05月09日

「サマー/タイム/トラベラー(1,2)」

新城カズマ 早川書房/ハヤカワ文庫JA JA745,JA803

 おそらく中部地方の山間部にある地方都市・辺里市。頭の回転と厭世観ゆえに周囲から浮いた高校生・卓人は、同じくどこか浮いた友人たちと喫茶店<夏への扉>に集まって真剣かつ無目的な議論を繰り広げていた。しかしマラソン大会の日に幼馴染の悠有が時空を超えたことを切欠に、街全体を揺るがす事件を巻き起こすことになる。

 が、巻き起こすのは2巻からなので1巻はモチーフを配し、設問を埋め、ひたすら伏線を張る作業と言っても過言ではない。主要キャラはサービス精神の塊なんだろうけど、誰に対するサービスなんだろうな…。同属嫌悪的なモノ、高二病的なモノが渾然となってSF小説絡みの会話は正気では読めない。邦題のバージョン違いとかどうでもいいだろー! とはいえクライマックスにおいて各キャラごとの仕掛けが回収され、読み終わって振り返るといい思い出のようである。
 さてこれがSFやミステリの趣向を当てはめた未来学小説であるとして、悠有が未来のメタファなのは、まぁ名前からしてそうか。その兄、SF黄金時代の夢想を愛した鉱一が「荒唐無稽な可能性に現実認識を冒される」S-Z症であるというのも配置の一部かな。しかし色々未来に対して絶望的だったり、未来を物理的に可能性の変化量と言ってみたり、将来的な危険を色々取りざたしていても結局、主人公は二度「本人が諦めても未来には見捨てられない」状況にあるわけで。感情的かつオプティミスティック? というか何で二度あるのだろう。読んでいるときもやっぱりそこが気になったのだけど。
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「不気味で素朴な囲われたきみとぼくの壊れた世界」

西尾維新 講談社/講談社NOVELS

 女学園で起こる謎の連続殺人事件。臨時教師として赴任してきた病院坂迷路の「バックアップ」は、奇しくも倫理教師を勤める串中弔士によって事件に関わることになる。
 『不気味で素朴な囲われた世界』から14年後を舞台にした直接の続編であるわけだが、これがまたつまらない。キャラの内面と話の趣向が前作の落ちで明かされてしまっているので、半分くらいでヒントが出た段階で事件の真相、は構わないにしても、お話としての展開も読めてしまう。で、実際その通りになるし新しい趣向が出てくるわけでもない。どんでん返し的なものを志向しているっぽいのにこれはがっかりすぎる。さらさら読めるおかげで徒労感がないのがせめての救い。

 ところで西尾維新は色々なシリーズを初巻だけとか飛び飛びにとかでかれこれ15冊読んでいるわけだが、印象としてリーダビリティの高さと大雑把さ、どうでもよさばかり蓄積されていく残念な位置づけである。作品単位で印象に残っているのは『きみとぼくの壊れた世界』と『ザレゴトディクショナル』くらいか。いい加減評判のいい物語シリーズでもちゃんと読んでみる頃合。
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2009年05月08日

「ペンギン・サマー」

六塚光 一迅社/一迅社文庫

 異形の英雄譚「クビナシ様伝説」が伝わる白首市。ここ最近、市では秘密結社「赤面党」が市役所爆破未遂やペンギン誘拐などの珍事件を起こしていたが、少年・隆司はそれに関わる重大な秘密を知っていた。先日まで同居していた赤面党の秘密兵器、改造ペンギン:通称グギギである。

 要するにジュブナイル調『やみなべの陰謀』かしら。ただそれにしては各ピースがピースでしかない気がして、どうも読んでる瞬間瞬間の面白さで言うと物足りない。伝奇・民俗的な考察は好きなジャンルだから楽しかったけど、上手い埋め込み方でもないしなぁ。何でか最初から色々放棄して構成と伏線芸に賭けてあるっぽいのが残念。もうちょっと各キャラを無駄に立てるとか、変なアクションがあるとか、タマラセの変さにうはうはした身としては期待してたんだけどな。むふふとなったのは殺人光線くらいです。グギギがトランスフォームするのを待っていたのに。
 そういえばp199のイラストは、SとIを組み合わせたような意匠についての謎解きなわけだけど、本文では触れずイラストで伏線補完するような手法ってよくあるのかね。ラノベはあまり読まないのでよくわからないが。
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2009年05月06日

「ダンシング・ヴァニティ」

筒井康隆 新潮社

 美術評論家であるおれは妻と娘と老母、離婚して帰ってきた妹親子と暮らしている。反復記述の中で時間は進行とループをおこし、死んだはずの人々が思い出から現出し、周囲の人間は奇行を繰り返し、おれの認識は記憶や記録の中を逍遥する。しかし死の影は死夢として、それから老いとして確実に近づいてくる。

 壮年から死へ至る半生記を特殊な形式で書いたもので、何がどうなっていく話なのかはっきりしない。読んでる間はノリノリなんだけどな。浮世絵の資料調査のために江戸時代まで行くくだりとか、コロスが登場するあたりとか、おなじみの自分で精神分析批評しちゃうあたりとか。気になるのは梟で、主人公の別視点ではないだろうし、父親が退場しても居座る主人公の家庭像とかだろうか。
 読書会では参考にあげられたゲーム的リアリズムを踏まえて、反復記述の断片を包括するデータベースとしての大きな物語を示す趣向と解釈されていたけど、やっぱりリニアな各ルートの意味解釈が気になってしまう。
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2009年05月05日

「天使の蝶」

プリーモ・レーヴィ 光文社/古典新訳文庫

基本的にアイデア、イメージ一発で雰囲気はいいけど話はあまりない。化学者というだけあって化学用語のホラはいきいきしているなぁ。全体的にちょいレトロな生物観念でこういうの好きよ。
「ビテュニアの検閲制度」「天使の蝶」「人間の友」あたりが気に入った。

「ビテュニアの検閲制度」 検閲作業が従事者に及ぼすストレスを解消するために開発されたまったく新しい検閲制度とは。
「記憶喚起剤(ムネマゴギー)」 田舎の診療所に赴任してきた青年医師は、前任の医師が開発した「記憶喚起剤」をみせられる。
「詩歌作成機」 NATCAのシンプソンさんシリーズ。このネタだとどうしてもレムのを思い出してしまうのだ。
「天使の蝶」 人間を上位の存在に「変態」させるという妄念に疲れた狂科学者。何気なく読んでしまったが、作者の背景を知ってから驚く。
「《猛成苔(クラドニア・ラビダ)》」 車に寄生する苔から、車の秘密が明らかになる。
「低コストの秩序」 NATCAってOA機器の会社じゃなかったっけ。万物複製機の巻。
「人間の友」 サナダムシの表皮上のパターンは、彼らが成長とともに書き記していく手記であることが判明し。
「《ミメーシン》の使用例」 「低コストの秩序」の続編。人間複製編。
「転換剤(ヴェルサミン)」 感覚入力の意味づけを逆転させる薬。快楽と苦痛の意味について。
「眠れる冷蔵庫の美女 ――冬の物語――」 冷凍睡眠式時間旅行者である美女を管理する一家の話。戯曲形式というか。
「美の尺度」 NATCA、美計測装置を作るの巻。ここにきて再びシンプソンさんが前景に。
「ケンタウロス論」 昔うちで暮らしていたケンタウロスの話。
「完全雇用」 NATCAというかシンプソンさん脱サラの巻。転向しすぎ。
「創世記 第六日」 議長アーリマンの下、人類を創造しようとする神々の話。この手のものには色々あるけど(ホーガンとか)上手い落ちだなぁ。
「退職扱い」 シンプソンさんの終焉編。加速していくテクノロジーのエッジに立つ巨大企業NATCAの社員でありながら、商品に振り回されもがくセールスマン・シンプソンさんの姿を顧客の若干突き放した視点から断続的に描いた企業ディストピアものと言えなくもない。
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「1984年」

ジョージ・オーウェル 早川書房/ハヤカワ文庫NV

 1984年、世界は三つの超大国によって分割されていた。そのうちの一つオセアニアの下級役人であるウィンストンは、己の暮らす社会に反発を抱き、禁止されている日記をつける。彼にはそれが破滅のはじまりであることを知っていたのだが…。

 ディストピアの古典ということで勝手なイメージばかり膨らんでいて、読んでみると驚くことばかりだった。まず「偉大な兄弟」はあまり見ていない。確かに監視社会だけどあまりその要素は感じられない。主人公は反発するとはいえ基本的にはその抵抗が何も変えられず、自分は破滅するだけだと受け入れているからだろうか。おそらく大事なポイントとしてこの話の大部分はウィンストンの頭のなかで起こる。あまりにも完璧に自己充足し自己目的化されたディストピアであるオセアニアは、何故ウィンストンが主人公として思想警察に監視される必要があるのかという読者のメタな突っ込みさえ先回りしている。それゆえウィンストンは打倒も脱出もできず、悲劇的に処刑されることもなくただ治療されてしまうだけ。
 現実の動きが乏しい替わりにウィンストンは夢を見る。それは貧しい少年時代の記憶だが必ずしも現実とは限らない。彼が守れるもの、守ろうとするのは最初から自分の心だけであり、それはこの記憶から生まれるものだろう。登場しない妻への感情やネズミへの無闇な恐怖などはここに根ざしていると想像する。最終的に彼の精神は修正され、それにともなって悲惨な記憶も幸せなワンシーンに変わる。精神世界内ディストピアというと『迷宮1000』を連想するけどさすがにこじつけすぎるな。
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