2009年06月15日

「東京へ飛ばない夜」

 吹雪によって東京行きの便が欠航になり、見知らぬ国で足止めを食らった人々。おりしも万博の開催によって治安が不安定になっており、宿の調達もままならない。結局宿を取れず空港で一夜を明かすことになった十三人は、順番に「お話」を語って無聊を慰めることにする。
 と言った枠物語の元で十三の短篇が語られるわけだが、どうも作風が肌にあわなかった。世界の各地を舞台にしていても物語は「バリエーション豊か」というわけではなく、いくつかの特色が共通している。まず監視社会、SMクラブ、情報技術による地図製作業、アウトブレイクと言った現代ならではの題材と、チェンジリグ、呪われた城、悪魔との契約と言った伝統的な題材を捻った形で融合させているところ。例えばオレオのオマケでブティックに変身する魔法が当たるとか。プロットも捨て子と運命の帰結や、都会に出た田舎ものの立身出世と言った伝統を踏まえつつ予想のつかない方向へ跳躍させていくと言う手法。何が出てくるか予想がつかず、それがどんな振る舞いをするのかはもっと予想がつかない。そうじゃないのは普通小説風の「ちょっとしたこと」くらい。
 ただその跳躍・逸脱が斬新すぎたのか自分の感覚にはまったくあわず、ネタにはピンとこないわ話が終わってもすっきりしないわで500ページの長丁場が正直退屈だった。どうやら不条理でも不条理なりに起承転結や伏線の筋道の通った話のほうが好きらしい。

到着便
第一話「仕立屋」 王子との契約をすっぽかされ待ち続けるうちににっちもさっちも行かなくなる仕立て屋の話。
第二話「過去をつむぐ男」 全人類の記憶喪失に備えた記憶編集販売サービスにスカウトされ、トラウマになるような辛いシーンを延々検閲する話。
第三話「富豪の眠れない夜」 不眠症の富豪が設けた音楽の才能に溢れた娘と、醜くも奇妙な魅力を持つ息子の話。
第四話「地図屋の館」 恩を受けたために田舎娘を娶ることになった地図屋の秘密。
第五話「店」 魔法のオレオでブティックに変身する話。
第六話「高架下の少年」 マフィアの使い走りとやがて閉鎖される高架下のマーケットの話。
第七話「ちょっとしたこと」 平凡な父親と事故死した息子の話。
第八話「東京ドール」 若き企業家が自分で作った人形に恋する話。
第九話「イスタンブールの逢瀬」 トラブルで船に閉じ込められた恋人を助けに行く話。
第十話「チェンジリング」 天然痘の蔓延するパリで、老人のため死についての観念を探す話。
第十一話「地下室の取引」 人間心理を把握する才能を使ってヒーリングベッドカバー職人から一転SM嬢になった娘の願望。
第十二話「幸運な耳掃除屋」 都会に出て出世のチャンスを掴んだ床屋の話。
第十三話「こんな夢をみた」 無一文になったレンタルビデオ屋が見た夢の話。
出発便
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2009年06月13日

「あなたまかせのお話」

レーモン・クノー 国書刊行会/短篇小説の快楽

ウリポつながりでオルタンスから。パロディを中心に色々雑文拾遺っぽいと思ったけど、クノーの短篇はこれでほとんど全部らしい。大体半分くらいがラジオインタビューの採録で、仏語の発音と綴りに難渋した身としては書き言葉・話し言葉不一致問題が大きくとりあげられているのに勝手に共感する。

「運命」 ある青年の放浪。脈絡なく主題も定まらない何か楽しい断章。
「その時精神は……」 ’パタフィジック的小品。
「ささやかな名声」 忘れられた科学者の幽霊がひとびとの記憶に残ろうと足掻く話。作中に出てくる作家がつまりクノーと言われれば納得するけど。
「パニック」 何故か羽毛布団を忌避する宿泊者。別視点から見たホラー小説と言われればそれっぽいけどなんだこれ。
「何某という名の若きフランス人 T、U」 何かで読んだことあるんだけどどこだっけ。
「ディノ」 姿の見えない犬の話。
「森のはずれで」 何となく魔術的な気配漂う森のはずれの宿屋にとまった若き政治家の一夜。
「通りすがりに ある悲劇に先立つ一幕、さらに一幕」 連れ合いに絶望し、通りすがりの人を口説こうとする人の話。脈絡なく増殖する荒唐無稽な睦言が楽しい。
「アリス、フランスに行く」 アリスっぽくないアリスというパロディか。
「フランスのカフェ」 25年ぶりのフランスの風景。
「血も凍る恐怖」 恐怖の予感によってトイレに閉じ込められしまった話。何故か言葉遊び。それがやりたかっただけ…?
「トロイの馬」 酒場に馬。振り回される二人の書きぶりがポイントっぽい。
「エミール・ボーウェン著『カクテルの本』序文」 トロイの馬と何か繋がってるような。ダジャレを踏まえた小話。
「(鎮静剤の正しい使い方について) T、U」 何だかオチもよく解らない。
「加法の空気力学的特性に関する若干の簡潔なる考察」 実演されたコントのスクリプト。こういうオチ大好き。
「パリ近郊のよもやまばなし」 四方山話の断片集。
「言葉のあや」 語義解釈小論パロディ。
「あなたまかせのお話」 ゲームブック方式のさきがけにして既にパロディ的なもの。まめかわいい。
「夢の話をたっぷりと」 夢日記風味の短文集。
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2009年06月12日

「文体練習」

レーモン・クノー 朝日新聞社

 何気ない内容を九九通りの文体(Style)で書いてみる、というもの。ただしここで指す「文体」の範疇はかなり広く、むしろ人称、構成、脚韻、折句、などなど文章の形式的なルールのこと。とはいえ旧版と新版は実に十六年も開いている上にそもそもの旧版が五年かけて断続的に発表されただけあって、クノー自身のスタンスも大分変化している(途中で例のウリポに参加している)そうだ。結果、機械的・恣意的な形式はカットされ、遊戯を最大限に引き出せるようなものがチョイスされている。あと指定されているのが内容と刑式なので文体・文脈が実は一番自由であり、まさしくクノーが遊んでいるのもそこ。
というわけでこれは目次だけ見ればいいような機械的なカタログではなく、ときにルールそのものをおちょくる中々優れた作品集。面白いと思ったのは書き手の思考と文章をとりまぜた「50.下手糞」、語られているシチュエーションまで見えそうな上に余分な言語遊戯まで上乗せされている「54.嗅覚」からの五感シリーズ、「86.植物学」などはまぁ訳者のひとの頑張りの結果でもあるか。とりあえず訳者の人は大変そうだけど楽しそうだ。演劇系にウケるらしいがなるほど一つ二つ音読してみると楽しいんじゃないかと思った。
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「シャムロック・ティー」

キアラン・カーソン 東京創元社/海外文学セレクション

彼はまず、画板を百の資格に区分けする。それぞれの四角に番号をつけて小さな手控え帖に書きつける。しかるのち、これらの四角をさまざまな色で塗り分ける。さまざまな色合いの緑、黄色、青色、肌色、そのほかできるかぎり多様な混色をおこない、おのおの四角を着彩する。そしてその記録を、先述の手控え帖に書きとめる。
『ネーデルランドの画家列伝』カレル・ファン・マンデル


色の名を付けられた101の断章を彩るのは、前作『琥珀捕り』からお馴染みの聖人たち。ヤン・ファン・エイクの絵画。ウィトゲンシュタイン、作家たち、そして偉人になりきった狂人たち。シャムロックと秘伝の薬草茶シャムロック・ティー。それらは徐々に一つの物語へと収束していく。つまり語り手の今ここに至る物語である。
前作のように翻弄されたままで終わるのかなと思っていたら気づけばど真ん中で驚いた。引用したエピグラフの通り、一マス一マス丁寧に世界を塗りつぶすような語りの後だから、いつのまにか包まれていた世界を見失ってしまう101番目の寂しさと言ったらない。決して完璧ではなかったけれど聖人の庇護と思い出のあった世界を離れ、ゲールの精神病者たちと語らう主人公の明日はどっちだ。
それはそれとして、キーパーソンであるベレニスとの別れは残念でしょうがない。腕白な口調が可愛くて、読んでる間ずっと主人公と再会するのが楽しみだったのに…。
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2009年06月10日

「麗しのオルタンス」

ジャック・ルーボー 東京創元社/創元推理文庫

哲学科専攻の学生オルタンスはバスの中で出会った男に一目ぼれし自分の論文も彼が泥棒であることも省みることなき甘い生活に浸るが、その頃近所では謎の金物屋襲撃犯を捕らえる計画がひそかに練られており、周辺住民を巻き込んだ諸々の事態はボルデヴィアとの良好な国交をかけた地元教会の式典に向け急展開を見せるのだが、それにオルタンスの指導教授が雇っている猫チューチャと高貴なる猫アレクサンドル・ウラディミロヴィッチのロマンスが大きく影響していたことを知る物は少ない。

作者は実験文学グループ・ウリポの一員である詩人/数学教員。ウリポは数学的・自動的な手法による文学形式の探求をモットーにしているので、おそらくこれもそういう形式が埋め込まれているのかなと期待して読むと、なるほど早速登場するカタツムリ螺旋と螺旋式の継承権ローテーション、及び主題旋律の螺旋式ローテーションによる組曲。するとこの作品の錯綜する人物・題材は螺旋式ローテーションで構成されているのかな…と思ったが普通に面白いので解すどころではなかった。多分真面目に分解するとしんどいんじゃないか。
作者と語り手と編集者があちらこちらで喧嘩するというちょっと懐かしいメタフィクション形式が楽しい。「本筋」の顛末についてはアンチミステリに分類されるのかもしれないけどクライマックスの尻(オルタンスの尻にあらず)の前では些細なことに過ぎぬ。
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2009年06月07日

「部屋の向こうまでの長い旅」

ティボール・フィッシャー ヴィレッジブックス

 ロンドンの下町でひきこもり生活を送るCGデザイナー・オーシャン。偶然引き受けた仕事で巨額の報酬を得たので、家を出なくても何でも済んでしまうのだ。例えば海外旅行に行きたくなったら旅行代理店に頼んで外国人ツーリストを家に呼び、彼らの国の流儀で食事会をしてしまえばいいという具合。しかし死んだはずの恋人から届いた手紙が彼女を放蕩にあけくれた過去へと呼び戻したり。あまり呼び戻さなかったり。

 ままならぬ世間を不要と断じるオーシャンが再び外に出る経緯……なのだけど一筋縄ではいかない。大体が主人公とは直接関係ない知人の身の上話だったりする。ありそうだったりホラだったり、普通の人から奇人まで、次から次へと連鎖して主人公の周りを通り過ぎていく。例えば顧客が次々事故死していく元ダイビングインストラクターであるとか、ハッタリだけで従軍記者をやっていたバーテンダーの語る株価変動を予測するエスパー犬が中東問題の鍵だという言説。
 最初はひきこもり生活の輪郭を描いていたエピソード群が、手紙を開いた瞬間、物語の本筋を奪い取って爆発的に増殖する。そのエピソードが大体ちゃんと収束していくってのもすごいが、そのくくりかたが上手い。煙幕や迷走こそ主題であって、むこうに見えてきたそれは読者にとってだけではなく彼女にとっても着地点であるはず。こじつければ多分、他人に心を乱されることに倦んだ彼女が再び見出したそれでも関わる甲斐のある人ということか。余談、意味のわからない符合に振り回されるか、筋の通った運命に封じられるか、貴方はどっち?というか多分そういう話ではないけれど。
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「美女と竹林」

森見登美彦 光文社

漠然と竹林が好きな作家が、知人所有の竹林の手入れをする気概を抱えながら忙殺され一向に手が付けられないでいる様を赤裸々に綴った連載エッセイ。

とりあえず森見関連書籍を一通り読んでおくかと手に取ったものの本当に何もしていないエッセイで驚いた。なるほどブログでほのめかされていた出来事は具体的にはこういうアレだったのだなぁとは思うが、こういうリアルタイムでのニュースを取り混ぜたエッセイは一年経ってから読むものじゃないなあ。ブログの副読本的な? 森見の文章が好きな人がぼんやり浸ると楽しいのかもしれない。妄想が逞しくなるあたりなどはさすがに楽しい。筋肉。
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2009年06月04日

「穴掘り公爵」

ミック・ジャクソン 新潮社/新潮クレストブックス

トンネル好きで引き篭もりだったという第五代ポートランド公ウィリアム・ジョン・キャベンディッシュ=ベンディック=スコットをネタ元に、死の予感に怯え徐々に狂気に陥っていくある貴族の日記(と偶に挟み込まれる周辺住民の独白)によって構成された小説。

 老いによって記憶や身体が崩壊していくのに対抗するため、トンネルを掘り、また地図や解剖図を集めて世界の統一を図るであるとか、一方で閉所恐怖が頭蓋からの意識の脱出という妄執に繋がるとか、執拗なメタファと変なモチーフで出来ていてこういうのが好きな自分は楽しかった。一応謎と謎解きとかがあるけど構成部分は案外素朴なので、公爵ほどではないけど実は変わりものな周辺人物とのやり取り、奇抜なレトリックと前時代的なモチーフの連鎖を楽しんでるくらいがよいのかな。

 関係ない話。そもそもは書架で偶然タイトルが目に留まり、これは「我らの祖先三部作」の第四作目であるという妄想に囚われたので手に取ったのだが、あとで訳者解説を見るとばっちり言及されていて実は「我らの祖先」を読んでいなかった自分の完敗であった。うん、でもこれはダブルミーニングになっていて上手い訳題だと思う。
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