2009年09月30日

九月日記

やることしないで27冊未満。

9/30 出張る。「ハードシェル」を読む。
9/29 「世界の文学・新集43」のクノーを読む。
9/28 「S-Fマガジン09年11月号」を読む。
9/24 「外套・鼻」「世界SF大賞傑作選5」を読む。
9/23 「カフカの父親」を読む。
9/22 「ウォレスとグルミット」など観る。「めくるめく世界」を読む。
9/21 「エリオット全集・詩」「血の雨」を読む。
9/20 休養。
9/19 作業。「ランゲルハンス島航海記」「内海の漁師」を読む。
9/18 「博物学の黄金時代」を読む。
9/17 「スラムドッグ$ミリオネア」「地下鉄のザジ」を観る。「タクラマカン」を読む。
9/16 「フィシオログス」を読む。
9/15 「英国王給仕人に乾杯!」観る。「ペルディード・ストリート・ステーション」を読む。
9/14 「魔法昔話の研究」を読む。
9/13 「白魔」を読む。「レスラー」観る。
9/12 「お行儀の悪い神々」「サイバービア」を読む。
9/11 「人狼伝説」を読む。
9/10 「S-Fマガジン09年10月号」を読む。
9/9 「ダーウィンの『種の起源』」を読む。
9/8 「サマーウォーズ」観てくる。「開かれ」をめくる。
9/7 「機械という名の詩神」を読む。
9/6 「人類生態学」を読む。
9/5 「選挙のパラドクス」を読む。
9/3 「10万年の世界経済史・下」を読む。
9/2 「10万年の世界経済史・上」を読む。
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2009年09月08日

「機械という名の詩神」

――メカニック・ミューズ
ヒュー・ケナー 上智大学出版/SUPモダンクラシックス叢書

第一章 エリオットは観察する
第二章 パウンドはタイプを打つ
第三章 ジョイスは書写する
第四章 ベケットは思考する
補遺―科学、アクセル、地口

技術(機械)を切り口にしたモダニズム文学の評論であり、また当時の技術認識を探るものでもある。ロンドンの機械化された都市生活を切り取り、リミックスしてみせるT・S・エリオットの観察眼から始まって、「技術」は文芸そのものの技術へ、人間そのものの技術へと拡張されていく。機械のメカニズム、設計思想を美と見なしたエズラ・パウンドの理念。印刷物とナラティブを類別し、その差異を活用したジョイスの文章。しめくくりは役者を束縛し、読者の思考を指示するベケットの統語論的人間観。エリオットの修辞にレポートに追われる学生を見たり、ベケットの一節をプログラミング言語で書いてみせたり、パフォーマンスもなかなか愉快。補遺は、文章技巧と思想の連関について、修辞法を宗教的堕落とした17世紀から、逆に散文を退化とした象徴主義運動まで。
前提としてベケットを少し読んだくらいなので納得とまではいかないがなかなか面白かった。

一、受け手。この受け手は、サッフォーの聴衆のように詩の朗詠を聞くことができるだけでなく、詩を見ることができる資質を求められてる。二、筆記者(現在でいう印刷業者)。筆記者は、視覚に関する指示を正確に再現できること。三、詩人が仕事部屋で詩を創作するときに、じっさいに印刷される形にかぎりなく近い形を再現する方法。つまり、「回帰」は、タイプライターなしには創作されえない詩という二十世紀に登場したジャンルの初期の一例なのである。
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「選挙のパラドクス」

――なぜあの人が選ばれるのか?
ウィリアム・パウンドストーン 青土社

「アローの不可能性定理」とやらを知ったので社会選択理論というらしいそのへんをまとめた本っぽいので借りた。ただ実際は不可能性定理は最初のほうで済ませ、いかに選挙戦略に左右される状況が多いか、それに左右されない「満足のいく」投票方法がないかを検討していく。理論より、お話し仕立ての事例紹介が多め。いかにスポイラーが印象的な問題であるか、またフランス革命から現在まで「コンドルセ勝者」の概念が呪いのような固定観念として支配してきたかにウンザリすること請け合い。
 色々回り道があるが結局、不可能性定理はランキング式投票についてのものだから別の評価方法、別の投票方法を探ろうぜ!となり、選挙シミュレーションを「回避可能だったと予測される不幸」を表すベイズ後悔(Bayesian regret)という量で比較する……という力技をもって『範囲投票』(点数式の評価)に軍配をあげる。例示される一シミュレーション(投票者200人、候補者5名、イデオロギー的論点二点)では、一般的な相対多数式投票は大体半分くらいのベイズ後悔値。つまり現在のアメリカ民主主義において、後悔度は最悪から半分まで削減された。で範囲投票なら、それを四分の一以下にもできるとか。まさかこういう方向の研究を使って結論になるとは思っていなかったので、鮮やかで上手いことやられた気分。
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「10万年の世界経済史」

グレゴリー・クラーク 日経BP社

計量経済学、というらしい。「マルサスの罠」を修正・一般化し、産業革命までの人類10万年の歴史はこの法則に支配されてきたと説明する。さらに産業革命がイギリスで起きた理由、産業革命以降の世界についても推察する力技の大著。
産業革命まで、人間は世界中どこでも出生率と死亡率の均衡点である最低生活水準で生活していた。出生率を制限すると平均余命、生活水準ともに向上し、逆に死亡率が制限されると平均余命が延びる一方で、人口は増え生活水準は低下する。各時代、各社会ごとに人口や生活水準が違って見えたのはこの変化にすぎず、あくまで自動的な均衡化プロセスからは外れていなかった。しかし、それは必ずしも常にギリギリの生活というわけではなく、むしろ充分に余裕があることのほうが多かった(当然、社会全体の人口によって決定する)。筆者は飢饉や疫病の記録、財産譲渡など経済活動の記録をデータ化し、マルサス的経済モデルの普遍性を検証していく(ただし現存する文書記録で、しかも各社会間の経済価値の換算などが間に挟まっているので若干不審、グラフのプロットも粗く見えるし)。
次いで、産業革命が古代や東洋ではなく十八世紀イギリスで起きたのは、一万年近いマルサス的経済の法則が淘汰圧となり、文化的・遺伝的な進化を社会にもたらしたためだという。ここまでいくと大言壮語臭いが、多産多死な社会において中流以上の子供が下流へと降りていくのはありうることで、作者はそれによって努力、蓄財、出生率抑制などマルサス的経済で成功する人間の資質が社会にいきわたり、近代的な経済の基盤となったのだと言う(一方、中国や日本では社会を変質させるほど中流以上の出生率が高くなかった、と)。そもそも産業革命は複数の現象(人口増大、米国農地の拡大、エトセトラ)が共同したもので、政治経済的な理由、レシピのもとでおきたものでもない。
まぁ実際にどうだったかはともかく、筆者の観点は刺激的なのは確かだ。各社会の経済的成果は、それぞれの社会制度のインセンティブと情報により、同じ条件なら誰もが経済的に同じ行動をとり同じ成果が得られる、という通念に疑問を提示する。すなわち、人間の基本的な嗜好、性質そのものが変化していたということ。
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「ミラーニューロンの発見」

――「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学
マルコ・イアコボーニ 早川書房/ハヤカワ新書juice・002

神経科学のメッカはイタリアにあるらしいですね。というわけで神経学/神経生物学の実験者である著者が、「ミラーニューロン」と名付けられた細胞と、そこから期待される展望について色々。人間では言語野などに存在し他者の行動を見るだけで自分も行動しているように反応する「運動ニューロン」。それは単なる学習の結果なのか、それとも学習を可能にするインフラなのか。また認知のためなのか、さらに進んで「共感」や「意思」のような抽象をコーディングしているのか。少なくとも知覚―認知―行動という基本的な「メカニズム」の概念の破壊するものである、と言う。ミラーニューロンの働き、ミラーニューロンと共同して働く部位の機能、模倣や共感が価値判断に与える影響などなど。生理学的な実験から、社会病理まで話は及ぶ。とはいえ中心にあるのは、人間は「心の理論」に基づくシミュレータではなく、他者の感覚を直接自分の身体に映し出す「ミラー」を持っているのだという点。人間がいかにシンプルかつ自動的で、感じているままの存在であるか。曰く、これぞ実存主義的神経学だとか。
昔自分で読んで印象深かった「ミーム・マシーン」なんかを援用してきて、模倣行動の重要性について論じるあたりは楽しい。もう一つのポイントはfMRIや磁場で脳の局在機能を抑制するなど最新の実験・観察システムをガンガン使ったり、発達心理系が専門らしい奥さんやマスコミ企業と組んで色々研究設計したりするところ。心理系の行動実験は気分的にちょっと眉唾になるが、こうもどんどんやってさくさく論を進めれたらさぞ気持ちよいだろう、と嘆息。
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「リスクにあなたは騙される」

――「恐怖」を操る論理
ダン・ガードナー 早川書房

確証バイアスや係留規則など、人間の推測・判断が先天的に持つ非論理性については『脳はありあわせの材料から生まれた』なんかの本で読むことができる。最近の流行なのかもしらん。さて、著者はそれら進化心理学の知見に基づき、人間の非論理的な偏見のなかでも「恐怖」がいかに影響力が強く、そして広く利用されているかを説く。これが前段。そして現代の「恐怖」たちがリスク評価として適正かを詳細にチェックしていく。つかみとして911テロ直後、大量の通勤客が飛行機を避けて自動車に切り替えたため、事故死者が千人以上増えた可能性があるという計算を紹介。大体そういうノリで、諸々の恐怖について直感と統計を比較し、また現実におきた事例を検討していく。ネット上の性犯罪者、化学物質恐怖や癌、伝染病、原子力、環境問題、テロ、政治。多種多様な防犯と自衛のための商品や、広告業界、選挙コンサルタントの手口なんかにも触れる。全部読み通すのはしんどいが、要するに結論としては「とりあえず落ち着け、今ほどよい時代はない」ということである。
posted by 魚 at 09:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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