2009年05月16日

「鬼と天皇」

大和岩雄 白水社

第一章 斉明天皇を殺した鬼
第二章 鬼が「もの」と呼ばれたのはなぜか
第三章 まつろわぬ鬼神とヤマトタケルと天皇
第四章 人を食う「目一つの鬼」と生贄
第五章 女を食う鬼と人身御供
第六章 人を食う鬼と天皇
第七章 天皇の后を犯す鬼
第八章 「おに」の語源と陰陽師と修験者
第九章 鬼と童子と天皇
第十章 鬼・まれびと・荒魂
第十一章 鬼・境界・蓑笠・影


というわけでかなりあっちゃこっちゃ行くので読みにくいし、以前の研究のおさらいも多いし、こまごました民俗モチーフを抽象化するあたりは何かこじつけくさいしそこからの一般化はごり押しくさい。まぁ古典には疎いので色んな史書や拾遺からの引用だけで充分楽しめるのだけど、生霊と怨霊を扱った一章と七章が面白かったかな。以下何を読んでたのか混乱してしまうのでずるずるっとメモをとる。

 古典における「鬼」をおにと読むかものと読むかしこと読むかの議論から始まり、記・紀における天皇と神々の力関係の相違を追って、生贄を求める山の神の習俗から「生と死の儀礼」を押える。次に「天皇の権力」の発露としての鬼と、権力にまつろわぬもの・恨みを持つものとして鬼を読む。謡曲における酒呑童子の描き方から漂泊者である演芸者たちの鬼への共感も見る。第六章まで。
第七章からはそこまでを引き継ぎつつ、惟喬親王の護持僧である柿本僧正真済が怨霊となった伝説、及び交流のあった在原業平が恋人を鬼に攫われる伝説を引き、先の論を両面から支える。また惟喬親王が木地師の祖と語られていることも見逃せない。一方で木地師・大工や河原者たちは式神が人と交わった末裔だという伝説もあり、彼らが鬼として惟喬親王らに親近感を持っていたのではないかと示唆する。
ここから焦点は式神や護法にスライドし、いよいよ鬼がおにと呼ばれるに至る。護法童子から童形の持つ呪術的な力を見直し、その護法鬼の末裔を自称しアウトロの特権性を活用してきたという八瀬童子に移り、彼らと天皇とのかかわりに戻る。
鬼と中国の鬼神、そのほか鬼との習合を概観し、幸福をもたらすまれびととしての鬼(なまはげなど)を紹介するが、依り来るものには幸も災もあるとしてカミやモノの二面性とその表記としての神・鬼・物を論じ、鬼は荒魂やまつろわぬカミ・モノに当てられた字であるとする。タマはカミやモノから分離して働く性質のことであり、ミサキとはそのタマであるとも言う。最終章では鬼が境界に属し「かくれ」て「あらわれる」ものであることに着目し、鬼の象徴である蓑笠と、それを用いる諸々の儀式は鬼の力を借りる「再生の呪術」であった。
posted by 魚 at 00:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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