奇想で不条理な話ばっかかと思っていたら、ちゃんとしたストーリーとか見せ場がある話だった。後書は奇想を強調しすぎだと思うな。ストーリーの中ではちゃんと整合性がとれているのが多いし。前に「紙の空から」で読んで気に入った「道順」(これでは「道案内」)を書いた人だった。気づいてなかった…。 女流作家らしさバリバリというか、女性や少女が主人公だったりする話が多いなぁ。
紹介アンド雑感を23編分全部書いてみたら、えらく長くなったので格納。
「犬の日」 正体不明の戦争により崩壊していく生活と犬の仮装をしたホームレス。居場所のない家庭で「犬」が唯一少女の友人という。読んでいるうちに、おぞましささえ感じる家族より、「犬」に親しみを抱いてきた。
「借り」 母親に心臓を提供するよう詰め寄られる息子。親孝行したいときには親はなし、という話かと思いきや、なんか不思議な結末へ。結局後味は悪い。
「秋冬ファッション・カタログより」 ヒーローにピンチから救われた乙女の裏話「大草原のフォーアクロア調ドレス」、隣人の子を預かって出かけたサーカス「サーカスの夜会服」、料理もおしゃれも男を捕まえる手段「キッチン・ウェア」、ハイジャックされた飛行機で窮地にたった女のとった奇策「トラベル・ウェア」の四つのショートショートからなる。「トラベルウェア」がいいなぁ。オチとか。
「道案内」 読みなおしてみたら、「運命の人」と言っても女側からしては、軽率に失った貞操を探す過程で見つけたより実際的なものなんだなぁ。ふぅむ。
「チア魂」 狂信者的情熱でチア活動に没頭する少女達。お約束その他ネタ満載の学校奇譚。
「アートのレッスン」 裸体デッサンのモデルに「今度は交代だ」と言われた学生達は。オチはなくてよかったんじゃないかなぁ。
「イェルヴィル」 娘の彼氏が語るのは、奇想天外な絶叫町(イェルヴィル)のあれこれ。彼氏を夕食に招待する状況の気まずさがどこまでもコミカルに描かれる。よくこんだけ変なネタばっかり思いつくなぁ。オチもひどい。
「アベレージ・ジョー」 メダカ機関吹いた。そりゃみんな思いつくネタだわな。でも完成品は見事に裏表になっている(こっそり監視調査される/誰も彼もが助言をもらいにくる)のが面白いね。
「飛ぶ」 飛び降りの恐ろしさは、誰も下で受け止めてくれる人がいないということ。飛び降りを思い立って屋上のふちにたつ若い母親の姿を切り取った話。短くてインパクトも強い。
「作曲家」 母親のために作曲を続けたマザコン作曲家の死。母の死後音楽を断とうとするも、実は本当に才能があったのでどんどん音楽が頭に浮かんでくる。壮絶にして悲しい愛の物語。全力で歪んでるけど。
「公園のベンチ」 公園のベンチで運命の恋人と出会った二人は情熱的な時間をすごすがついに破局を迎える。ベタなストーリーを珍奇なシチュエーションにもってきた話。こんなアイデアでよくかけるものだなぁ。
「百ポンドの赤ん坊」 赤ちゃんが生れてからお父さんとお母さんの仲は悪くなって、お母さんはベッドから出ないでお菓子ばっかり食べている。日に日に太っていくお母さん。きっとまた赤ちゃんが産まれるんだ――。少年の眼から通したある家庭の分裂。少年は、不可視の巨大な赤ん坊として家庭の不和を感じとる。迫力がある。少年が健気でたくましくて、切ねぇなぁもう。
「本当のこと」 ある「処女懐胎」と「エクソダス」の話。少女は行方不明になり、家庭に残った妹は姉といた日々を思い出す。本を読み始めた段階では奇想を期待していたんだけど、むしろこういう話のほうがメインなのかな。語りが上手いから別にそういうの関係なく面白いな。
「お目付け役」 姪っ子のデートにくっついてきた「オールドミス」の話。ある意味予想通りだけどこのオチはひどいなぁ。主人公の微妙な自己弁護が滑稽。
「バカンス」 フロリダに行く途中、バスで乗り合わせた変な老婆。老婆にムカつかされる話かと思ったら、最後は切なくそして爽やかに。
「スキン・ケア」 全身の皮がパサパサと剥がれ落ちていく奇病にかかった娘。これも語り手の自己弁護が滑稽で、でもこっちは結構腹立たしいっていうかもっと悪趣味。
「産まれない世界」 突如全世界的に赤ん坊が生れなくなった世界。似たアイデアの話のオチがどうなってるのかは知らないけど、これはけっこう上手いと思った。
「レクチャー」 新任教師に学級を受け持つ上での注意事項をひとくさり。教師は大変だ。
「電車」 電車に乗り合わせた見ず知らずの乗客たちの身の上を妄想。やたら妄想。やたら詳しくて、ところどころ露骨に適当。老婦人と、運命の呪われた魚の妄想が面白い。
「パーマネント」 美容院にいったらなじみの美容師がいない。初対面の美容師に文句タラタラの老婦人だが…。思わぬ結末。こういうのもあるのか。結末で状況が一気に不思議な世界になるのが面白い。
「ブルーノ」 新婚夫婦は、毎朝の隣人の生活雑音に悩まされる。ブルーノは彼らの愛を象徴、あるいは体現しているのかなぁと思ったけど。このオチはあんまし趣味じゃないな。
「焼きつくされて」 歪な愛の果てに燃やし尽くされた恋人を捜し、男は都会をさまよう。摩天楼のすきま、二人でくらしていた町の広大な空から隠れるように。さて家を燃やし尽くしたのは愛なのか嫉妬心なのか、町の老人達にとってはよくあることなのか。なんか「電車」に似てる印象。
「ハーシェル」 昔は赤ん坊職人がいて、生地をこね竈で焼いて夫婦に赤ん坊を作ってくれたものだった。全部読んでみて、ぶっ飛んだ奇想を核に書いたような話――コレみたいな――はむしろ少ないと解った。でもなんかドラマ部分が微妙だな。大活躍しろとは言わないけど、それはさすがにギャフンすぎるというか……。