2009年08月21日

「わが名はコンラッド」

ロジャー・ゼラズニイ 早川書房/ハヤカワ文庫SF<178>

人類がより進歩した宇宙人(ベガ人)の文化圏に身を寄せる未来。地球は怪物が徘徊する荒廃した世界で今や観光地と化している。主人公・コンラッドは地球美術遺蹟史料保存局局長であり、ベガ人ミシュチゴの指名で地中海世界をガイドすることになった。地球人の富豪たちも参加するそのツアーは、地球の運命を左右する重要なものであるらしい。
ギリシャ神話を下敷きにしているらしいが、場所がそのまんまなこと以外はイマイチ解らなかった。半神英雄の放浪と戦い、というと解らんでもないんだけど。ググってもこの作品絡みの記述しか出てこない「カリカンザーロイ」(察するに半人半獣の妖怪?)とやらがポイントなんだろうか。とりあえずプロットはお役所の局長といいながらタフで過去に秘密を持つ男コンラッドが、あちこち行っては暗殺者と戦い、怪獣と戦い、人食い人種と戦いしながらツアーの謎を偶に考えるくらいなので素朴に楽しい。ヒロイックファンタジーと称されるらしいが、むしろハードボイルドものっぽい。でも展開やキャラクターが何か優しいあたりゼラズニイである。他にも味のあるキャラクター、変なアイデア(フレイザーをテキストにして儀式を行う『人食い人種』とか)とからしさが盛り沢山で満足。
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「さようなら、ギャングたち」

高橋源一郎 講談社文芸文庫

人々が互いを名付けあう世の中で、詩人である私「さようなら、ギャングたち」は恋人「中島みゆきソングブック」、飼い猫「ヘンリー4世」と暮らしている。
詩の教室で、言葉に悩む人々と一緒に頭を捻る主人公と、大した言葉も持たないまま世間を騒がす不死身のギャングたち。互いが互いを名付けるということは恋人同士の冗談である一方で、わたしのように自分でも解らない含意があることもある。アイデンティティの規定というと違う気もするけどこの小説は同名なので、やはりそのあたりを言葉(による表現)というガジェットに託している気がする。
第二部は一番気軽に楽しめる部分だけどその分一番印象が薄い。それを言えば何が何処まで必要か、はっきりつかめていないのだけど。そういえば読んでいる間、これの前に読んだ『うたかたの日々』のオマージュくさいところ(娘の死のくだり)が気になっていて、なんていうか、些細な言葉ばかり気になって身動きがとれなくなるタイプだと改めて反省。
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「光の王」

ロジャー・ゼラズニイ 早川書房/ハヤカワ文庫SF<1512>

遥か未来、地球を捨て異星に移住した人類。入植第一世代たちは超技術と超能力を駆使する神となり、ヒンドゥー教の神々の役を演じることで子孫たちと、その文明を管理支配していた。しかし彼らのうちの一人、サムがシッダルタとしてその方針に異を唱え、民衆を救済するべく立ち上がった。神々の壮絶なる戦いの幕開けである。
策士サムが神々相手にあちらこちらでやりあう痛快ストーリーであり、ヒンドゥー教の用語で見立てられた超能力と超科学、SFガジェットの炸裂するジャンクなアクション。翻案と呼ぶのも自由すぎる翻案はヒンドゥー教原典とも日本での理解とも異なるため、神様の名前とキャラを把握するのはちょっと面倒だが、ゼラズニイの格好良く、そして濃厚な筆致でもって「まさに神々」としか言いようのない無茶な存在感とキャラ立ちが描き出されるので素直に楽しめば、間違いなく楽しい。原住民であるエネルギー生命体「羅刹」族の長はイカすし、参謀であるガネーシャの小物加減は笑ってしまう。真打は最初の敵であり第一次戦争後は味方になるヤマ(閻魔)様。神々の技術顧問であり、武術の達人であり、オマケに死の魔眼持ちであるから、その主人公食いっぷりは半端なものではない。彼がサムの作った仏教教団を襲撃するあたりが一番楽しかったかもしれない。そもそもなんでヒンドゥー教なのよ、というところは突っ込んではいけない。最終決戦には、主流派から離反し僻地で王国を作っていたキリスト教原理主義者(ちなみにゾンビ使い)が参戦し三つ巴になるのだけど、さすがにこのへんまでくると若干消化不良っぽくもあるのだ。
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2009年08月14日

「恋文の技術」

森見登美彦 ポプラ社

暢気な大学院生・守田一郎は、大学から離れ附属の臨海実験所で研究するよう教授に勧められる。何も無い田舎で修行するハメになった彼は、暇を潰し、また現実逃避のため「文通」を始める。研究室の同期、横暴な先輩、知り合いの作家、家庭教師をしていた少年、実家の妹、同時進行するあれこれは何やら一つの模様を描き彼を絡め取っていく。
韜晦と変な事件で騒ぎ立て、本心と現実からはひたすら眼を逸らし、最後に不意打ちしてくるのが黄金パターンである。が、今回は一転まっすぐな、素直な話。一応、主人公だけは韜晦しては変な事件を起こそうとしているものの、既に中盤から周囲がそれを許さない。早々と武装が解かれてしまうかわり、友人や家族への親愛が明示されていて、作中では描かれない終幕にも確かな信頼が持てる。結局のところ、いつにも増して色々凹まされる話。
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2009年08月04日

「高い城の男」

フィリップ・K・ディック 早川書房/ハヤカワ文庫SF<568>

WWUにおいて枢軸側が勝利したもう一つの歴史。北米は日本とドイツによって分割されていた。サンフランシスコに置かれた日本の通商代表部に、欧州から一人の男がやってきた。バイネスと名乗る彼には秘密の目的があり、多くの人間の人生が動き始める。連合国の勝利を仮定するベストセラー『イナゴ身重く横たわる』が鍵らしいが。

貿易不均衡を日本による占領に落とし込み、ソ連の脅威にはナチスドイツの暴走をあて、道を見失う60年代アメリカ人を敗戦国の住人に見立てた案外周到な隠喩小説。ディックの長編は何が何だかと思っていたが、すっきりしている話はすっきりしているのだなと新鮮。しかも現実と非現実の照応と教訓を「イナゴ」を使って作中で回収しておくことで、読者は結論を受容するだけでよいと言う親切設計。そのメッセージも、「状況に翻弄されながら個人の意志と努力で社会と折り合いをつけ、少しでもよいほうへと動かそうと頑張る人びと」あたりだと思うので時代状況をさっぴいても受け入れやすい。
もちろんそんなに説教臭いわけではなく、登場人物たちがバラバラに右往左往しながら、架空世界の解体と謎の解決を同時に進める展開は独特の変な雰囲気で楽しいもの。あとイタリアの扱いが酷いところとか。
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「ベガーズ・イン・スペイン」

ナンシー・クレス 早川書房/ハヤカワ文庫SF<1704>

「ベガーズ・イン・スペイン」 遺伝子操作によって生まれた天才の無眠人たちと普通人の軋轢。親切と義務を巡るあれこれ。こういう根本的なテーマの話は具体的な実践から離れると急激にアホらしくなるので、結論はたいてい無難で身近なところへ落ちるもの。そのためには一般論から派手にミスリードする必要があるわけだけど、無民人たちのやりすぎな設定はそのへん上手く働いてると思う。便利なキャラクタが多すぎる気もするけど、このへんはしょうがないのか。
「眠る犬」 無眠人サイドストーリー。怒りに囚われた少女の奮闘。なんというか闇マーケットすげー。
「戦争と芸術」 既読。宇宙戦争と宇宙人文化と親子の確執話。状況設定が趣味じゃないし、キャラクターは鬱陶しい。
「密告者」 現実認識の異なる宇宙人が、彼らを調べる地球人研究者を内偵する。なんか地味だしすっきりしない。どうやら宇宙人とかのSFアイデアの扱い方において趣味があわないらしい。
「想い出に祈りを」 小話。記憶を捨ててまで若返ることへの懐疑。
「ケイシーの帝国」 SF青年の夢の終わり。さすがにここまでピュアなSF世代ではないのでそんな痛くは無いが、そのせいでオチの衝撃が和らいでしまった気もする。小説技術は直球に使われるより、こういうトリッキーな応用でこそ、と思うタイプだ。
「ダンシオング・オン・エア」 既読。遺伝子操作とバレエ、人生の選択。そういえばこれも親子話だったなー。
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「うたかたの日々」

ボリス・ヴィアン 早川書房/ハヤカワepi文庫

裕福青年コランは、友人主催のパーティでクロエという女の子と出会う。二人はたちまち恋に落ち、デートする。もどかしい日々を過ぎ二人は友人たちに祝福されながら結婚する。しかし、クロエが病気にかかる。肺の中に睡蓮の蕾ができたのだ。時同じくしてコランの友人たちの人生にも影が……。

自由なイマジネーションによって語られる青春小説。都会的なこじゃれた小道具と、グロテスクなのに何かこじゃれた奇抜なユーモアがポイント。惚れた女の子をうまく口説けないもどかしさを描くために、スケート場で大量殺人を起こしてしまうとか。すれ違いはじめた恋人のギスギス感を描くために、講演会で大量殺人を起こしてしまうとか。雰囲気醸成のための小道具や描写に耽溺するような文章でもあるので、今読むとべったべたにセンチメンタルだなぁと思えてしまうかもしれない。なので例えば真鍮シンクの光の反射と戯れるハツカネズミとか、傍観者でありながら妙に印象に残る料理人ニコラとか、そういう他愛ないのであろう部分が何故か愛らしい。考えてみれば邦訳だけでも30年以上前からあるので、大体の機微やアイデアが既に色々なお話に消化吸収されているせいだろうか。
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「ポトマック」

ジャン・コクトー 河出書房新社/河出文庫/澁澤龍彦コレクション

僕は『ラ・マルセイエーズ』や『恋の愉楽』を書くこともできたかもしれないのに、と前置いて始まる詩人の疾走。恋人や友人たちとの戯れ、あるいは無意識から湧き出す妖怪や、水族館の幻獣たちと言ったこれ見よがしなナンセンス。死や停滞から逃れるように危ういバランスを求め、詩作を綱渡りにたとえて宙を歩きたいと語る。ただし後から書かれた前置き・後書きの存在によって、熱意や無邪気さがそのまま諦念やノスタルジーっぽく染まって跳ね返ってくる。何か始終切ない。

この本全体に均衡を保たせるために、僕は、文章と言葉の継起する束の間の均衡を、一つ一つ求めていくわけだ。
要するに、綱渡りだ、下には空虚がある。
邪魔者さえなければ――一歩一歩綱を踏んで、反対側の壁へ――渡りつくことができる。
空虚の上には、いつも一本の綱がぴんと張られている。
熟練とは、卵を踏んで進むように、死の上を進むことにある。
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2009年07月29日

「素粒子」

ミシェル・ウエルベック 筑摩書房

時は戦後、西洋文明が大きな規範から個人主義へと大きく舵をきりながら、そのまま性と資産の争奪戦へ沈没しつつあった時代。「発展的」な母親によって世に産み落とされ、時代のエッジを行くことになる異父兄弟がいた。兄ブリュノは非モテをこじらせて下半身で考える文学青年くずれとなり、弟ミシェルは恋愛や愛欲の結びつきを理解できない非コミュ理系となった。愛ゆえに苦しまなくてはいけない人間の未来は愛か解脱か、そのときすべては二人の生き様のぶつかりあいにかかっていたかというとそうでもなく、二人の残念な人生を通して現代を要約するとかそういうの。
社会を統合し条件付けるものとしての思想原理と宗教の衰退について議論し、60~70年代をばっさり切り捨てたりと過激なことをやりながら、登場人物レベルではどこまでもシモくて卑近。時系列を前後しながら、ミシェルとアナベルのすれ違いは案外さらっとながす一方で中年になってニューエイジ系セミナーにナンパにきたブリュノがうろうろする様子は何かみっちり書く。ちょっとうっとうしいけど、終盤色々失ったミシェルが新時代の哲学の種を撒く段になるととたんにアイルランドの自然の美しさとか語り出すのだから驚く。未来人が出てくると聞いて手に取ったのだが斜め上だった。SFっぽい部分については(ゲノム解析と利用についての認識がシンプルすぎるのは置いておいても)生物物理学的な解決法を使うとは上手いホラの吹き方で評価したい。
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2009年07月27日

「アーサー王ここに眠る」

フィリップ・リーヴ 東京創元社/sogen bookland

アーサー王伝説が、実は「マーリン」がイングランド統一の悲願ため世に流した一種のプロパガンダであったら、という物語。領主の屋敷をアーサー一味に焼き討ちにされ命からがら逃れた奴隷の少女グウィナは、吟遊詩人ミルディンに拾われ、何故か気に入られて弟子になる。襲撃と恐喝を繰り返しながら邁進するアーサーのブレインとして、「マーリン」と「湖の貴婦人」として、アーサーを王とするための伝説を作り上げていく彼らだが。
史実、異本、マビノギオンなど多様なソースを渉猟して「真相」をつづり、辻褄あわせは「だって最初から出任せだから」という身も蓋もない説明でけっとばす。とにかく面白くなるようエピソードを限界まで突っ込んであるのだから当たり前のように面白く、しかもメインは少女の成長物語なのでめっぽう面白い。矮小で場当たり的な出来事のツギハギがあの勇壮な物語になっていく様に舌を巻き、「ランスロットの裏切り」や「聖杯」のショボいんだけど人間味のある顛末にしみじみする。状況に翻弄されていたグウィナが、ミルディンの死を経て自分で物語りはじめる終盤はまさにヴィルドゥングスの王道。
蛇足。
というか大事なのは主人公のグウィナが男装して騎士団に混じっているという設定ですよ。脇を固めるのも、策士過ぎて常に行動が裏読みされ好意を受け取ってもらえないマーリンとか、女の子として育てられ騎士になってもヒロイン体質のパルジファルとか、リーヴ先生はじまってたんだな。そして『果たしてミルディンの人生に意味はあったのか/物語とは何か』という問いを提示しつつ希望を繋ぐ結末に、なんだかとても良質の二次創作的テクニックを感じてしまったのは自分だけですか。
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